佛光寺は桜がきれいな京都のお寺です。

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がきれいな 佛光寺(ぶっこうじ)

 

佛光寺(ぶっこうじ)

佛光寺の宗派 真宗仏光寺派本山
佛光寺の拝観 拝観境内自由(午前9時~午後4時)
佛光寺の場所
 
京都市下京区高倉通仏光寺下ル新開町397
佛光寺への電車とバス
 市営地下鉄烏丸線「四条」駅下車
 阪急京都線「烏丸」駅下車
 烏丸通を走る市バス「烏丸松原」下車

 春の桜が美しい佛光寺の境内には二つの大きなお堂が並んで建っています。向かって左側が大師堂(御影堂)で、右側のお堂が阿弥陀堂です。
 大師堂(御影堂)は明治17年(1884年)に再建されたもので、この大きな木造建築は正面が27メートル、側面が33メートルもあるそうです。大師堂の北側に建つ阿弥陀堂は明治37年に再建され、正面が16メートル、側面が21メートルと大師堂よりは小さくなっています。阿弥陀堂と大師堂が左右に並ぶのは本願寺などと同じ伽藍形式で真宗特有のものです。

佛光寺の由緒

本山佛光寺(ほんざんぶっこうじ)

 佛光寺は、越後流罪に遭われた親鸞聖人が赦免された翌年建暦二年(一二一二)に京都に帰られ、山科の地に草庵を結ばれたことを起源としている。
 親鸞聖人在世当時、真宗の教えは関東を中心に広がりを見せていたが、親鸞聖人がお亡くなりになり、南北時代に第七世了源上人が、教化活動の拠点を京都に置き、西日本一帯の布教活動に力を入れた。
 元応二年(一三二〇)には、寺基を山科から今比叡汁谷(いまひえいしるたに)(現・京都国立博物館辺り)に移し、天正十四年(一五八六)に豊臣秀吉の懇請により、寺基を五条坊門(現在地)に移した。
 京都の中心部に移転して四百年余り、その間にも多くの苦難に見舞われたが、門末の念仏相続の御懇念によって佛光寺の法灯は守り継がれてきた。
               京都市
上の文は佛光寺の境内に掲示されている京都市の駒札説明板(右下の写真)の文をそのまま再録しています。

別サイトに 佛光寺の桜桜の佛光寺のページを作りました。

佛光寺11

佛光寺12

佛光寺13

佛光寺14